ブログトップ

Vagrant life

marolin.exblog.jp

<   2014年 02月 ( 7 )   > この月の画像一覧

ヨルダン・イスラエル旅行記~stage8ぺトラ・バイ・ナイト

ヨルダンに戻ってきました。
国境からひたすら南へ向かい、夕方、ぺトラに到着。
c0051991_12075394.jpg
通常の観光は日没までなので初日は諦め、週に3回行われているぺトラ・バイ・ナイトに参加しました。
c0051991_12075331.jpg
スタートは20時半。
寒くて真っ暗な中、てくてく。
その時点では暗すぎてどこを歩いてるのかさっぱり。
c0051991_12075338.jpg
30分ほど歩くと、急に視界が開けて幻想的な風景が広がります。
c0051991_12075347.jpg
皆さん一様に写真を向けて・・・・・・
後から見ると意外と間抜けな姿。
c0051991_12075304.jpg
お茶が振る舞われ(甘い!)伝統音楽と踊りが行われ(意外と長くて飽きる・・・・・・)
最後に、一斉に奥の建物に向けてフラッシュを
c0051991_12075393.jpg
浮かび上がるエル・ハズネ。
昼間はどう見えるのか、気になります。
c0051991_12075369.jpg

[PR]
by marolon | 2014-02-27 20:00 | ヨルダン放浪

ヨルダン・イスラエル旅行記~stage7イスラエルごはんとスーク

c0051991_11485273.jpg
イスラエルの定番ランチ。フームスとファラフェル。
ビールはないので残念ながらミントティ。
美味しかったけど、イスラエル、意外と物価高いのです。

c0051991_11485252.jpg
カフェで頂いた地ビール。ちょっと甘め。
写真がないけどもう一つ、ベツレヘムのビールは美味しかったです。

c0051991_11485295.jpg
ディナーはチキン。
これを二人でシェアしました。十分な量。






旧市街の市場
[PR]
by marolon | 2014-02-27 14:00 | イスラエル放浪

ヨルダン・イスラエル旅行記~stage6ベツレヘム

新約聖書でキリスト生誕の地とされるベツレヘム。
現在はパレスチナ自治区として、ベルリンの壁みたいなので覆われており、ものものしい雰囲気。
c0051991_12004548.jpg
中に入ってしまえば普通の街なのですが。

この地では生誕教会を訪れます。
イエスが生まれたとされる洞窟を教会にしたもの。
c0051991_11555770.jpg
339年に完成したが6世紀に火災で焼け、今残るのは床のモザイク一部のみ。
c0051991_11562272.jpg
イエスが生まれた洞窟にある星。
c0051991_11570823.jpg
c0051991_12003574.jpg
聖書をラテン語に訳したとされる聖ヒエロニムス像。
c0051991_11575950.jpg
この後、ツアーとはぐれてしまい、多分向かったであろうと思われるミルク・グロットに勝手に行きました。
c0051991_11585766.jpg
c0051991_11593132.jpg
エジプトに逃れる途中に立ち寄った洞窟で聖母マリアが母乳を与えようとしたところ、母乳が地面にこぼれ、一瞬でミルク色に変わったという伝説があるチャペル。
かわいらしいミルク色をしています。
c0051991_11591598.jpg
結局、ツアーとはここでは合流できず、しかも、実は行ってないことが後で判明。
分からないからバスに戻ろうかと思ったところ、土産物屋で幽閉されている皆様を発見。
恐らく誰一人私たちがいなかったことに気づいていなかったことでしょう。




More
[PR]
by marolon | 2014-02-22 22:04 | イスラエル放浪

ヨルダン・イスラエル旅行記~stage5エルサレム旧市街の夜

エルサレム旧市街はかつて完璧に城壁で囲まれ、門からしか入れなかったのですが、近年、ショッピングモール等が新市街と旧市街を貫くように作られ、この形式が崩れつつあるそうです。

初日、小雨の降る中、新市街からホテルへ帰ろうと城壁の外側を回っているつもりが、
c0051991_11312273.jpg
気付いたら嘆きの壁に。
c0051991_11310113.jpg
雨の夜にも関わらず、お祈りする方がちらほら。
特に女性が多かったです。
嘆きの壁は向かって左側が男性、右側が女性のエリアになっています。
c0051991_11294863.jpg
本当はダメなのですが、写真だけでも、とお願いして撮らせて頂いた岩のドーム。
美しかった。



More
[PR]
by marolon | 2014-02-22 20:27 | イスラエル放浪

ヨルダン・イスラエル旅行記~stage4エルサレム旧市街

地図とコンパスを手に歩き回ったエルサレム旧市街。
c0051991_15323650.jpg
旧市街への入り口は、ヘロデ門、ダマスカス門、新門、ヤッフォ門(これがクセモノ)、シオン門、糞門、黄金門(閉鎖中)、聖ステパノ門(ライオン門)とあり、どこから入るかが明暗を分けることになります。

嘆きの壁がある西側のエリアは更に壁に囲まれていて、入口は限られており、岩のドームへムスリム以外の人が入れるのは糞門近くのたった一箇所。
c0051991_15383725.jpg
大晦日の嘆きの壁。
大勢のユダヤ教徒が祈りを捧げる壁の向こうにはムスリムの聖地、岩のドームがそびえます。

このエリアへ行くなら糞門かライオン門が便利。
但し、ライオン門から入ると見えるのに出口専用エリアやムスリム専用入口が続いてちょっとイライラします。

キリストの痕跡を辿るのであればヘロデ門から。
裁判にかけられた場所、十字架を背負った場所、初めて転んだ場所等が14の祈祷所になっていて、処刑にかけられたゴルゴダの丘まで続いています。

第3ステーション。十字架を背負ったイエスが初めて転んだところ。
c0051991_15400689.jpg
第4ステーション。マリアが嘆き悲しんだところ。
c0051991_11154602.jpg
第5ステーション。シモンがイエスを助けたところ。シモンって誰?
c0051991_15381159.jpg
今では賑やかなヴィア・ドロローサ(哀しみの道)
c0051991_15375776.jpg
聖墳墓教会。
c0051991_15340360.jpg
キリスト処刑の地、ゴルゴダの丘。
c0051991_15341612.jpg
イエスのお墓。
c0051991_15351768.jpg
c0051991_15353431.jpg

見どころはほかにもたくさんあるのですが、ヴィア・ドロローサは日本人でも比較的分かり易く、何となく歴史に浸ることができます。

何だか分かりませんが、多分神殿の遺跡っぽいところもたくさんあります。
もうどこがどこだか分かりません。
c0051991_15334611.jpg

[PR]
by marolon | 2014-02-22 12:20 | イスラエル放浪

ヨルダン・イスラエル旅行記~stage3オリーブ山

c0051991_17432425.jpg
オリーブ山から眺めるエルサレム。
c0051991_17463151.jpg
お天気がいいので岩のドームもくっきり。


[PR]
by marolon | 2014-02-10 22:44 | イスラエル放浪

ヨルダン・イスラエル旅行記~stage2聖地エルサレムを紐解く

c0051991_16454744.jpg
エルサレムはご存じ、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の聖地となっています。
異なる3つの一神教を信仰する全世界実に32億人の心の拠り所となっており、僅か1km四方の城壁に囲まれた旧市街の中に聖なる場所が集中。

そもそも、何故エルサレムはこのような歴史的背景を持つことになったのか。
だいたいユダヤ人って何を指してるの?
何でユダヤ人って迫害されたの?
3つの宗教って何がどう違うの?
馴染みのない世界を垣間見ると次から次へと疑問が湧いてきて、信仰する、という行為そのものを理解しきれていない私には調べても調べても頭がこんがらがるばかり。

ユダヤ教にルーツを持つキリスト教とイスラム教。
それぞれ聖書及びコーランに記されている唯一神を信仰している3つの宗教、どうやらそのエピソードは共通部分が結構あり、その中心地がエルサレム、ということのようです。
元々ユダヤ教が聖地としたところにキリスト教が加わり、イスラム教が第三の聖地として割り込んできたようなイメージですが、そんなに単純なものでもないのでしょうね。

民族の祖と呼ばれるアブラハムが神が示した土地である現在のイスラエルを目指し、そこにソロモン王が神殿(嘆きの壁)を造り、イエス・キリストはここで処刑されて復活し(ゴルゴダの丘)、預言者ムハマンドが昇天したこの土地に岩のドームは建立されました。
じゃぁ、神様は何故イスラエルを示したの?
イエスは何故ここで布教活動をしたの?
ムハマンドって誰?
疑問は増えるばかり。
唯一絶対の神が示したことに理由を求めるような人間には一生理解できなさそうです。

城壁に囲まれた旧市街、道は石畳で階段も多く、迷路のように入り組んでいます。
c0051991_17213571.jpg
紀元前に18世紀にその歴史を発し、宗教戦争やら十字軍やらテンプル騎士団やらユダヤ人迫害やらヨルダンによる支配やら中東戦争やらパレスチナとの軋轢やら(これは今でも解決してないけど)を経て今のエルサレムの姿があるわけですが、紀元前から当たり前のようにありそうな城壁ができたのは何と1538年だそうです。
考えてみたらイエスが処刑されたゴルゴダの丘が城壁に囲まれてたら嫌だわ。

今は、イスラム教徒地区、キリスト教徒地区、ユダヤ人地区、アルメニア人地区の4地区に分かれて共存しています。
c0051991_16445479.jpg

ユダヤ人は嘆きの壁で救いを求め、キリスト教殉教者はヴィア・ドロローサを辿ってキリストの痕跡を追い求め、ムスリムは神殿の丘のモスクで祈りを捧げる。
今では当たり前の光景も、ヨルダン支配下にあった数十年前はユダヤ人は嘆きの壁に近付けず、イスラエル在住のムスリムはアクサー・モスクで祈れなかったそうです。

観光客でも近付ける嘆きの壁では、旧約聖書片手に頭を垂れて一心に祈りをささげるユダヤ人を多く見かけました。
彼らは何を求めて祈るのか、迫害されても尚信仰し続けるそのパワーはどこからくるのか、
多分理屈ではないのでしょう。

血生臭い歴史的背景を持ち、今なおパレスチナ人との軋轢を残すエルサレム。
この土地に真の平和は訪れるのでしょうか。

[PR]
by marolon | 2014-02-07 20:14 | イスラエル放浪