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Vagrant life

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カテゴリ:北米放浪( 4 )

旅する思い出~初めての一人旅④~

サンフランシスコへ着いたのは夜。
ホテル巡回バスで初日のホテルへ向かう。

やはり何となく夜一人で歩くのは恐い気がして、カナダのスーパーで買ってきたクッキーを夕飯替わりにもそもそ食べただけで就寝した。

次の日は朝からユースへ移動。
距離は大したことないが、サンフランシスコは坂の町。盲点だった。
重い荷物を引きずりながら坂を登って、3月なのに汗だく。

初めの数日はビーチのユースに宿泊。
ここも居心地が良かった。

ピア39がすぐそばで、早速、名物のクラムチャウダーを頂いた。
クッキーしか食べていなかった身に染み渡る。

ゴールデンゲートブリッジを歩いて渡り、フェリーで戻ったり、
アルカトラズ島に渡ったり、ナパバレーのワインツアーにも一人で参加した。
もちろん、名物ケーブルカーの立ち乗りも。

やはりユースには日本人が多く、夜は一緒にご飯を作ったり飲みに行ったり。
その後、連絡をとった人はほとんどいないけれど、その場限りの出会いというのもまた楽しいもの。

最後はシティのユースに移動。
ここはバスタブがあるステキなユース。
2人部屋で同室はドイツ人の女性だった。
お互いつたない英語でコミュニケーションをとり、最後の朝は一緒に名物朝ごはんを食べに行った。
イチゴのどっさり乗ったワッフル。

空港まで行くバスの中でもまた日本人の女性と知り合った。
彼女はモロッコを周ってアメリカに入り、帰国するところなのだとか。

ドイツに渡って一番はじめの長期旅行がモロッコだったのは多分彼女の影響だと思う。

成田には見送りとは別の友人が迎えに来てくれた。
はじめの一言が「荷物それだけ?」だったのがかなり強く印象に残っている。
確かにだいぶ捨てたけれど。

首都高で友人が中央分離帯にもう少しで突っ込みそうになる、というのが最後の事件。
おうちに帰るまでが遠足です。というのは正しい。
それ以来、彼女の運転する車には乗らないことにしている。

これが私の旅の原点。

今から考えると大して英語もできないのに1ヶ月も一人で電車に乗ったりバスに乗ったり、頑張ったものだと思う。
お金はないけど時間はたっぷりあったあの時代。
時間をお金で買うようになってしまった今でも、たまにああいう旅が懐かしくなる。
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by marolon | 2010-10-17 16:33 | 北米放浪

旅する思い出~初めての一人旅③~

バンフからは比較的朝早く出発したように思う。
今から考えても何のために行こうと思ったのかさっぱり思い出せないが、
バンクーバー島にあるナナイモに向かった。
「行って良かった」という思い出が全くないため、何となく行ってみた存在感の薄い街、として記録されているのだろう。

この日のナナイモは雨がしとしと降っていた。
夕方あるヴィクトリア行きのバスを確認し、バス停で荷物を預かってもらったように思う。
ユースの存在も謎で、ナナイモでの宿泊は早々に断念した。

雨の中を歩いて、海辺にあるレストランでクラムチャウダーを食べた。
そう、確かナナイモはクラムチャウダーが美味しいことで有名だったはずだ。
スーパーで食パンを買い、朝も昼もサンドイッチを作って果物をかじる生活をしていた
貧乏旅行者にはそこそこの出費となるクラムチャウダーは確かに美味しかった。

ナナイモを早々に引き揚げ、BC州の州都、ヴィクトリアへ向かう。
またユースを探して取り敢えず2泊。

ここの談話室でまたまた日本人と知り合う。
女の子二人組。
何日か滞在した後、バンクーバーへ戻る、というので一緒に戻ることにした。

ロイヤルBC博物館やらまだ花が咲いていないブッチャートガーデンに行ったり、
短期間でも一応ヴィクトリアらしいところの観光もした。

ヴィクトリアに何日滞在したか、正直覚えていない。
多分、2泊か3泊。
そして再びバンクーバーへ。

バンクーバーは居心地がよかった。
海が近くて公園があって大きなスーパーもあって。
春休みだから学生も多くて、何となく仲間もいっぱいできた。

サンフランシスコはきっとあったかいはず。
寒さに備えて用意していたロングダウンはカナダ土産とともに船便で郵送。
身軽になって次はサンフランシスコへ向かう。
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by marolon | 2010-10-16 09:25 | 北米放浪

旅する思い出~初めての一人旅②~

バンクーバーからバンフへは午後のバスで出発した。
昼間の景色を少しは楽しんでみたかったのと、夜中のバスはちょっと恐くて。
8時間くらいかかったような気がする。

途中、バスを乗り換えさせられて、満席に。
そこでやはり一人旅をしている日本人の女性と知り合った。

彼女は私以上に無謀。
当てもない旅なのに、スカートとレザージャケットでやって来たという。
学生ながら、この人、ちょっと非常識なんじゃなかろうか、と思ってしまった。

バンフには夜中に到着。ロッキー山脈の中だけあってかなり冷え込む。
私はユースの予約をしていたけれど、彼女は何も考えてなかったらしい。
きっとなんとかなるだろう、と一緒に行くことにした。
オフシーズンなのでユースはガラガラ。同室にほかの人はおらず、しばらく二人で滞在することになった。

次の日は二人でバンフの観光。
ロープウェイに乗って山の上へ。
雪を抱く山をのんびり眺める。寒いけど、これはこれで楽しい。
夜はアルバータ牛のステーキをご馳走して頂いちゃいました。
貧乏旅行の学生にとって非常にありがたい出会いでした。

次の朝、お姉さんと別れ、一人レイクルイースへ。
スキーシーズンにスキーをしに行かないなんて頭がおかしい、くらいの場所だけど、
どうしても行ってみたかったのだから仕方ない。

またその日に限って寒波が来ており、レイクルイースはマイナス15度。
ロングダウンにマフラー、帽子、カイロ、足元はスノーブーツ。
それでも末端が痛いし吐く息が凍る。

凍った上に雪が積もっている湖。
そこだけ木が生えていないから、遠くからでも湖と分かる。
凍えながら遊歩道らしき道を歩いていたら、凍った滝にぶつかった。
これは凄過ぎる。
青と緑と白と、半透明に凍った水の塊。

遊歩道も冬場はここで行き止まり。元来た道を戻り、シャトーレイクルイースで一休みした。
とはいえ貧乏学生の身分。トイレをお借りするだけでせいいっぱいでしたよ。

レイクルイースのユースはきれいで有名。
スキー客がひっきりなしに訪れるので常に満室。
この日も私意外は全員カナダ人のスキーヤーだった。

夜はかなり冷え込み、薄い布団にくるまって咳をしていたら、
親切な同室のカナダ人女性が毛布をかけてくれた。

レイクルースには1泊だけでまたバンフへ戻る。
晩ごはん時に到着したら、バンフのユースも実は日本人がいっぱいだった。
踊りに行こうと誘われ、乗合バスででかける。
名前も知らない人とお酒を飲み、踊り、語り合う。
きっと今やってもそれなりには楽しいのだろうけど、この歳になると胡散臭さの方が気になるかも。

実はこの先、旅程を決めていなかった。
バンクーバーに戻ることも考えたが、フェリーに乗って島へ渡ることにした。
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by marolon | 2010-10-16 02:23 | 北米放浪

旅する思い出~初めての一人旅①~

人生初めての一人旅。
一人旅も初めてならまともな海外旅行も初めてなのに、いきなり一ヶ月。
1年間駅前留学した英会話だけが武器。
今から考えると、無謀というよりは学生時代にもっと行っておくべきだった、という思いの方が強い。

写真もまだフィルムメインの時代。
もちろんどこかに保管してあるだろうけど、ここにアップすることはできない。

それは就職活動を控えた大学3年の春休み。
サンフランシスコ経由バンクーバー、帰りはサンフランシスコで1週間のストップオーバーというチケットを購入。
バンクーバーでの初めの1泊、サンフランシスコでのユースは一応押さえてから旅立った。
意外と用心深かったのと、両親を安心させるために。
絶対に行ってみたかったバンフとレイクルイースのユースも予約していったような気がする。

そもそも何故カナダだったのか。
多分、その当時毎週聞いていたラジオの影響だと思う。
バンフからレイクルイースを通ってジャスパーに抜けていく、という旅を放送していて、
とにかくすごく行ってみたくなっちゃったのだ。

初めはバンクーバーからジャスパーに抜けてカルガリーかエドモントンへ、ってのも考えたけど、
父がどうしてもサンフランシスコへ行け、というので、航空券をサンフランシスコ経由に切り替え、
カナダはちょっと端折ることにした。

成田空港へは友人が送ってくれた。
当時、大学の仲間でも女性が一人で海外へ行く、というのはセンセーショナルだった。
もうすぐ21世紀だっていうのに。

不安はあんまりなくて、どちらかというとわくわく感の方が強かったように思う。
入国審査も難なくこなし、バンクーバー到着。
到着は同日の朝。時差マジック。

はて、ここからどこへ行ったらいいのだろう?
ホテルの名前だけを手がかりにとにかく人に聞きまくる。
ほどなくホテル巡回バスを教えてもらい、街中へ向けて出発。

しばらく走ったところで目に飛び込んできたのは海。そしてカナダプレイス
かっこいー。
興奮のあまり時差を忘れる。

ホテルにチェックインだけして、さっきのカナダプレイスを訪れてみる。
ここから海をただぼーっと見ているだけでなんとなく幸せな気分。

つつがなく初日を終え、二日目からはユースホステルに移動した。
4つのベッドの部屋は満室。
オーストラリア人の2人組ともう一人は日本人の同年代のお嬢さん。
たいして喋れない英語でオーストラリア人とのコミュニケーションは難しい。

何をしていたかもう忘れたが、バンクーバー図書館へ行ったり、UBCへ行ったり、
グランビルアイランドへ行ったり、吊り橋渡ったりしてたように思う。
スタンレーパークがとにかく好きで、毎日10kmとか歩いてたかも。

私は割と長期滞在だったので、同室の人たちは入れ替わり、ある日、全員日本人になった。
朝、キッチンで会う日本人もなんとなく見知った顔が増えてきて、ユース生活も楽しくなってきた。

ユース主催でバーに行くイベントなんかにみんなで参加したり。
そこで知り合ったメンバーと夜、タワーに登ったり、クイーンエリザベスパークへ行ったり。
バンクーバーはとにかく居心地がよく、ロッキー山脈へ行くまで、何をするでもなく過ごしてしまった。

そして一旦バンクーバーを離れ、バスでバンフへ向かうことになる。
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by marolon | 2010-10-15 23:13 | 北米放浪